高津様子見八牛伝?

第二回日本牛乳党党大会報告書 (01.12.14)

 諸般の事情ゆえにというか、単なるものぐさゆえにというか、とにかくあの真夏の上野水上音楽堂でのウエノポエトリカンジャムでのゲリラ的ともいえる第一回党大会以来、鳴りをひそめていた日本牛乳党であったが、同時多発テロ事件の勃発、先の見えない日本の閉塞状況などを受けて、急遽、第二回党大会を、樋口同志のお宅でとりおこなうことにあいなった次第である。

 ちなみに、前回の第一回党大会というのは、発起人たる私が、「日本牛乳党宣言」なるアジテーションをぶちあげただけのものであったので、いわゆる世間一般的な意味合いでの党大会は今回が初めてということになる。

 ちなみに、この記念すべき党大会の出席者は、私、ジミー同志、香月同志、ミムラ同志、ニョロ同志、立野同志、山中同志、樋口同志の8名。今回の党大会参加者は、全て樋口同志がかきあつめて(?)きてくれた人たちなのであるが、よく話を聞けば、日本牛乳党のバイブルともいうべき「日本牛乳党宣言」を読んだことがないばかりか、日本牛乳党の大会であることすら知らなかったものまでいる始末。

 これは、党大会というよりは、勧誘大会というほうが相応しいのではないかと、いささかの失意を隠せない私であったが、しかし、私が簡単な自己紹介と牛乳党発足のきっかけなどを話したあとに、各員の自己紹介が始まると、私の落胆は一気にふっとんだのである。というのも、各員それぞれが牛と濃厚な関係性を持ちあわせていたからである。

 まずジミー同志は、某商社にて、担当してるのが、乳製品であり、ニョロ同志は、放送作家として、現在「全国牛乳普及協会」のラジオCMの原稿を執筆中なのであり、そして、とどめに山中同志はおうし座と来たもんだよ、おっかさん!製品化、宣伝、そして星座、というのは、ホップ、ステップ、そして、宇宙までジャンプ!というわけであり、あたかも、不条理3コママンガを見ているようではないか!

 ここで注意が必要なのは、では、他の人たちは、牛に関連がないのかというと、そういうことではないと思うのである。ひょっとしたら、私だって、親が隠してるだけで、本当はどこか遠い国の馬小屋ならぬ牛小屋で生まれたのかも知れないわけだが、最初に全てわかっちまったんじゃあ、面白くないわけで、伏線と思わせぶりにみちあふれた大河ドラマは、今始まったばかりなのだ。つまりは、お楽しみはこれからさ、というわけである。

 そしてその大河ドラマ、すなわち、牛の名のもとに集った8人がおりなす大河ドラマのタイトルは、南総里見八牛伝、いや、各員の胸の内はまだわからないわけであり、またここは高津なので、高津様子見八牛伝、というところだろうか。(そういう意味では、同志という呼称は、不適当であるかもしれない。よって、以下の文においては、同志予備軍、略して、同志という呼称とすることとする)

 と、私の中では大いなる盛り上がりを感じた自己紹介だったわけであるが、しかしその一方で、この自己紹介の際に気掛かりな点があったのも事実であった。水瓶座同士という縁で盛り上がる、香月同志とジミー同志、「駒込における隣接する3区の行政サービスの差異を考える会」を設立せんばかりのミムラ同志、ニョロ同志、立野同志、そしてすでに「はにわシスターズ」なるグループを結成していた立野同志、樋口同志などなど、分派活動の兆しが、これみよがしに、そこかしこで表面化しつつあったからである。

 そして、さらに問題なのは、それぞれには一見なんの関連性もないと思われるこれらの分派活動に、実はある恐るべき一つの共通点が隠されていたということである!その恐るべき共通点とは、そう、どれにもこの私が含まれていない!なんてことだ!党大会あらため勧誘大会あらため村八分大会!すごい党、いや、すごい党首だ!私は自ら仲間はずれになるために、日本牛乳党を結成したのだろうか?「頂点に立つ人間の孤独」という言葉を聞いたことがあるが、これがそうなのだろうか。ちょっと違うような気もするのだが・・・。

 ともかく、そんな私のトラウマにさえなりかねない心の打撃をよそに、あちこちに脱線しながらも、全員の自己紹介が終わり、いよいよ本日のメインイベント、すなわち、詩、いや檄文の朗読という形をかりて、日本牛乳党党員予備軍としての己の決意を語る時(告白タイム?)がやってきた。

 まずは、気を取り直して私が、日本牛乳党宣言を読ませていただいた。ウエノポエトリカンジャムでは、けっこうお客さんに笑っていただいたのであるが、ここでは、皆くすりとも笑わない。党員予備軍としての自覚が芽生えつつあるということなのだろうか、それとも、自分のイメージしていた牛乳党像とのあまりの落差に言葉を失っているのだろうか。

 とにもかくにも続いて、乳製品担当のジミー同志が、「ミルク」というタイトルの檄をとばした。

 その檄を聞いた時(少女マンガにはほとんど精通してない私が、なぜそのマンガを知っていたのかはナゾだが)、昔「ミルクタイムにささやいて」というマンガを愛読していたことを思い出した。(その時から、牛乳党へのレールが敷かれていたのだろうか?)

 ところで、よく考えてみると、牛乳とミルクは、同じものを指すわけであるが、それぞれの言葉が与える印象はかなり異なるといわざるをえない。なんとなれば、日本ミルク党なるものが仮にあった場合、日本牛乳党とは、支持層(?)がかなり異なるような気がするのである。

 また、今日の党大会への参加はかなわなかったfake同志からは「牛乳≒ミルク」、というそのものずばりなタイトルの檄が送られて来てもいたのであった。

 牛乳≒ミルク、何かここには、牛乳党の存在意義を根幹からゆすぶる根源的な問題が横たわっているような気配が感じられるのだが、とりあえず現時点では、問題提起のみにとどめておきたい。

 続いて、本日の参加者の中で、ぶっちぎりの最年少、香月郁同志の「くちゃくちゃのくた」という檄。

 この檄に触発されて浮かんだのが「私がオジさんになっても」

 特殊な嗜好のマニア向けではなく、広く開かれた国民政党を目指す立場としては、「もう完全無欠にオジさんだろが!」というサルでもつっこめるスキをわざわざあえて作ったりしなければいけないのが気苦労なことではある。

 続いてミムラ同志の無題の檄が。

 うむ。

 この檄を聞いた時に、将来牛乳党が、他党との連立を図らねばならない時に、誘い文句として使えるな、と、私はその実用性を高く評価した次第なのであるが、本人にその意図するところを聞いてみれば、ミムラ同志は、紅茶が好きで、ニョロ同志は、牛乳が好きで・・、って、ようするにおのろけだったので、思わず私はでんぐりがえしをしてしまいそうになったのである。

 しかし、その一見極私的なメッセージの影に、「日本が(ひいては世界が)ミルクティーのようなれればいいのに」というまさに時節をふまえたインターナショナルなメッセージが隠されていること、そしてそのより大きなメッセージが、我が国伝統の美風にのっとり、奥ゆかしく表現されていることを見のがしてはならないだろう。

 よその国の表現スタイルを平行輸入すればインターナショナルに近付いたと思ってるような輩に見せてやりたいものである。(YO!、YO!って、何言ってんだか、わかんないんだYO!!)

 続いてニョロ同志が、詩というか、小説の一部らしきものを、読み上げた。内容は、牛乳から作ったババロアが、どうしたこうしたというものだった。

 牛乳から作ったババロア・・・、その言葉の語感、その実物の形態いずれをとってもいい意味での弾力性というか、いい加減さを備えたババロア・・・。その時、私の脳裏に稲妻が轟きわたったのである!

 今まで、世界中で、数多くの政党が結成され、その国の政治的実権を握ることに成功するものもあれば、発足の瞬間から泡沫政党への道を宿命づけられたもの(牛乳党のことじゃないぞ!)もあるわけであるが、その成功のレベルというか、政党としての影響力の大小にかかわらず、すべての政党が直面せざるをえない大問題が、そこに示唆されていたような気がしたからである。

 すべての政党は、現状に対する不満から出発する。世の中すべてがうまくいっているなら、何もわざわざ新しい政党をこしらえる必要などないのである。

 そして、その現状を、これこれこうあらためるべきではないかという青写真こそが、政党の成立基盤であるわけである。この青写真にも、党創設者の能力により、いろいろなレベルなものがあるわけであるが、すべての青写真が、その出来のよしあしとは関係なく直面せざるをえない問題がある。そう、現状は絶えず変化するのである。それゆえ、発足当初は、うまく機能していた青写真がうまく現実に適合しなくなることが、当然ありえ、その度ごとに、政党は、理念をとるのか、それとも、現実対応をとるのかという選択を迫られるわけである。

 その度ごとに党内は、理念死守派と現実適応派に分かれることになる。そうこれこそが、全ての政党を悩ませる「牛乳かババロアか」問題なのである!

 そして互いを、「硬直した教条主義者!」「現実にすりよるだけの日和見主義者!」などといっているうちはまだいいが、そのうち、「この馬鹿、いや牛馬鹿野郎!」「何を、このバ、ババア!」と言い出すにいたり、罵る相手の性別によっては、永遠に修復不可能な溝を残すことになってしまうわけである。

 アーメン!

 続いて立野同志の「へんな質問」

 (このようなしみじみとした余韻ものには、どんなコメントも野暮になってしまうと悟った私は、一旦視線を落とした後、おもむろに振り返ってこう言った)

 ところで
 みんなはいつまで牛乳党にいてくれるの?

 一生とか ずっととか
 珠のようなうそを期待して
 わたしは訊いた
 みんなは少し黙って
 わからないと言った
 どうしてわからないの

 だって へんな質問だから
 いつまでいてくれるの
 と訊くのは



 なんでやねんっ!!!

 続いて山中同志の、檄、というよりは独り言のようなつぶやきが。

 その本当に眠そうな口調からは、文字どおり眠くなったことだけをアピールしているととることも可能であった。しかし、同時に、日本牛乳党がどんなにラジカル(?)でアバンギャルド(?)な方向性を打ち出そうが、結局は、過去の政党達の二番煎じにしかならないのではないかという異義申し立てであると解釈することも可能な内容なわけである。

 ある意味で、どう解釈するかも含めて党首の器が問われるその問いかけに、どう対応したものかと私が苦慮していると、山中氏は・・・、寝ていた。

 どうやら本当に眠かったようである。

 

 続いて樋口同志の「あくしゅ」が披露された。



 しばしの沈黙の後、小さなロマン・・・、と私はつぶやいたのだった。

 それは、将来大きくなるかもしれないし、大きくならないかもしれない。

 一つだけ確かなことは、小さなロマンが、大きなロマンになるには、自分でも制御しえない不可解な力がからんでくるということである。

 逆にいえば、もし「他でもない私」というものがあるとするならば、それは小さなロマンの中にこそあるといえるのではないだろうか。

 そして、小さなロマンというやつは、いつでもそこらへんにころがっているようでいながら、「あれは小さいながらもロマンなのだ」と気付いた時には、なくなってしまっていたりするのだ。

 そして、さらに、私は思うのだ。もし、自発的か強制的かは別にして、将来牛乳党を去らなければならなくなった時には、私は日本箱舟党を作るのだ。

 そして、まちなかに出た私はこう言うのだ。「みなさん、既成の巨大政党は、いうなればとてつもなく目の粗い網を使って漁をしている船のようなものであります。当然、皆様のささやかな願い、小さなロマンなどはすくえもしません。その点、日本箱舟党の網は、とてつもなく目が細かいので、どんなに小さなロマンでさえもすくうことができるのです」

 その時、(この報告書を読んでいる)あなたがその場に居合わせたなら絶妙のタイミングでこう叫んで下さい。

 「ドロボー!」

 そして、最後に再び私が「教科書が教えない地球の歴史 ーなぜ牛はモウとなくのかー」

 こうして、第二回日本牛乳党党大会は終了した。

 日本牛乳党が、この先どのような道を歩むのかはわからない。が、どのような道を歩むにせよ、その因子、萌芽、予兆は全て、この大会の中で出尽くしていたのではないだろうか。言葉をかえるなら、将来党が大きな岐路にたつたびにふりかえられるべき大会であったといえるのではないだろうか。

 最後に、当日の参加はかなわなかったものの、fake同志から前述の「牛乳≒ミルク」、ぽえた同志から「空と牛乳」という檄が寄せられたことを申し添えて、報告を終了したい。

 ー了ー

                         文責:西岡高志

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